TEO Side Story TEO Side Story
last updated 1997/08/29

第106話(全130話)

竜の棲む島(1/4)




第五章 月祭り

1 竜の棲む島

 フィンフィンは海面下を真っ直ぐに泳ぎ進んでいた。波が荒れている時は海の中に潜ってい
たほうがいい。海面の身を切る寒さも海面下まで届かない。海の中は温暖で、海水はやわらか
だった。マリカとワーターはケンプの風のロープというシールドに包まれたままで、だから長
時間の海面下の移動でも呼吸が苦しくなったりはしない。パピロは必死に限界まで息を止めて
いたが、限界を越えると自分だけ海面までもがきながら泳ぎ登り、そしてハーヒーと荒く息を
ついては、また呼吸を止めて潜ってくる、というのを数分置きに繰り返していた。その度にフ
ィンフィンがパピロを救い上げに戻る。フィンフィン自身、尾の傷がまだ完治していなかった
し、泳ぐのも激痛をなだめながらの作業だった。なのにわざわざパピロのために無駄な往復を
繰り返しているのが、何だかひどく無駄に思えた。それでもしがみついてくる者を無視して置
いて行くわけにはいかない。追手のトライポッドが小さくなり、そのサーチライトの光も届か
なくなった所で、フィンフィンは海面上に浮かび上がった。
「フー。すごいな。おいらこんなに長く息を止めていられるなんて思わなかったよ」
 言うパピロを背中に乗せて、フィンフィンは波間を泳いで行く。その眼下にケンプがいて、
彼は風のロープで包んだマリカたちを運んでいた。
 どこまで泳げばいいんだろう? 
 フィンフィンは自問する。どこか、とにかく陸地へ戻りたかった。それはマリカたちも同じ
だと、彼女の心を読んでいたから、フィンフィンにはわかっていた。
 しかし陸地といっても、周囲に島影はない。フィンフィンは星空を見上げた。星座の位置か
ら現在地を割り出そうとしているのだ。海に暮らす生き物だった当時の記憶がまだフィンフィ
ンには残っている。海の生き物は月と星によって、自分の位置を確認する。フィンフィンがそ
れを確認すると、南70キロ先に島があることがわかった。ケンプに心でその島へ向かおう、
と告げると、ケンプは「当たり前だよ。ほかにどこへ行く所があるの?」と逆に問い返してく
る。どうやらドラゴンはドラゴンなりに、自分の位置を割り出していたらしい。
 島までは海流に運ばれて、比較的楽に泳ぎつけそうだった。追い風に押されているようなも
のだ。フィンフィンはそう思い、そして苦笑する。風が導いているってわけだね。
 マリカとマスターは自分たちが引っ張られて行く海が徐々に浅くなってきているのに気がつ
いた。眼下遥かな闇となっていた海の底が、薄ボンヤリと明るくなってくる。やがて岩や石が
転がる海底がはっきりと見えてきて、色とりどりの魚たちの種類と量も増えてくる。海底には
海藻が群生しはじめ、その海藻の合間に珊瑚が見えてくる。珊瑚が魚たちと戯れる海底は、さ
らにマリカたちとの距離を縮め、やがて手を伸ばせば触れられそうなほどの深さになった。
〈どこへ向かってるの?〉
 訊くマリカにフィンフィンは応える。
〈島だよ。何て名前の島かは聞かないでね。ぼくもはじめて行く島だから〉
 フィンフィンの言葉にマリカは「もしかしたら」と思った。もしかしたら、そこが旅の終わ
る場所だろうか? そうだといい。何となくそんな感じがする。何故ってあたし、あのエルモ
の森に続く草原に佇んでいた不思議な少年の気配を、何故だかすごく身近に感じるんだもの。
だんだんとあの少年のそばに近づいて行ってる。そんな感覚が徐々に強まってくる。
 もうすぐ旅が旅わるのだろう。マリカはそう思った。少年の心が近くに感じられるのがその
証だと思った。
 もしあたしの旅が終わったなら、その時はマスターの故障も直るのだろうか? ふと、そう
思う。マスターの故障はあたしの旅のために用意された特別なプレゼントだった。それはいま
でもそう思う。マスターがいつも通りの正確さで、いつも通りの融通の効かない機械のままだ
ったら、こんなにもあたしは自分の意思で動けなかったろう。あれをしろ、こうしたほうがい
い、と常に「親切なアドバイス」を受け、それに反発したり抵抗したりしながら、けれど最終
的には意思決定をロボットに任せていただろうと思う。けれど、あたしはそれができなかった
。できなかったから、こんなにも自由に風に身を任せることができる。どの風に乗るのか、ど
の風を選ぶのか自由に決めることが出来た。
 だからこそ、マスターの回路不良は贈り物だった。
 たぶん、あたしに旅を続けさせるためにこそ、マスターは壊れたのだろう。だとしたら、旅
が終わる時に、マスターの故障も直るのだろうか? あたしのために壊れてしまったのだとし
たら、ぜひ直って欲しい。正直、マリカはそう思う。
 だって、あまりにもひどい壊れ方じゃないか。お母さんの思い出、などというものを口にす
るロボットなんて、ちょっと故障したどころの騒ぎじゃない。自分がロボットであることすら
忘れてしまった、としか思えない。それはつまりもはやマスターはロボットとして機能してい
いないということだ。
 マリカはマスターをみつめる。
 ぜひ直ってほしい。そして、あたしが出逢うはずのまぼろしの少年にマスターにもきちんと
逢ってほしい。その少年をマスターに紹介したい。これからはこの人があたしのパートナーよ
って、そんなふうに紹介できたなら最高なんだけど。そしてマスターが「この少年なら喜んで
バトンを渡そう」と評価してくれたら、すごく幸せだろう。旅の終わりには、そんなハッピー
エンドが似合うはずだ。
「マリカ?」
 声をかけられ、マリカは「え?」とマスターのほうに顔を向ける。ずっとマスターをみつめ
ていたつもりなのに、いつの間にか軽く目を閉じていたらしい。
「何ニヤニヤしてるの?」とマスター。
「ニヤニヤなんかしてないわ」
 マリカは慌てて顔をしかめてみせた。
 あたしったら、あの少年とのハッピーエンドを夢見てニヤついていたらしい。
 何たることだ。
 マリカは自分に呆れてしまう。旅が、こんなにもあたしを「女の子」に変えてしまうなんて
思いもしなかった。そう思い、ちょっと憤然となってみようとするのだが、出来なかった。女
の子であることが、いまのマリカには、何だかとても居心地がよくなっていた。
「もうすぐだよ」マスターが言う。「もうすぐ島に着く」
 マリカは、マスターの視線を追った。その先に星空を背景にした島影が見えていた。大きな
島だ。無人島ではないらしい。海岸線に人家の明かりが一列になって瞬いている。
「あそこが終点かしら」
「ひとつの終わりだったらいいね」

(つづく)




Back Number


back

presented by son@ch-teo.com

Copyright(C)1997 FUJITSU LIMITED.
All Right Reserved.